2018年4月16日月曜日

ずんの飯尾っぽさもある

毎日、スーツのジャケットを脱いで病院の中を歩いている。白衣を着ていないので、いかにもエリートサラリーマンの風貌……には絶対にならない。

基本的に昔のドラマや映画に出てくる学校の先生とか用務員さんのような風貌である。昭和の休日のお父さん(やせ形)でもよい。

なぜだろうと考えた。顔か? 顔はもうしょうがない。けれど少し考えたら理由がわかった。

サンダルだ。

ワイシャツにスーツのパンツ、ノーネクタイ。これにフィットする足下は、革靴だ。革靴しかない。

革靴なら、たぶん、サラリーマンの見た目でいられたろう。

けれどぼくはサンダルだ。

サンダルはだめだ。

一気に学校感が出る。

おもしろいなあと思う。

サンダルをときどき買い換えながら、毎日、「医者として絶妙に違和感のある身のこなし」を模索している。

ぼくは患者に会わないから白衣でいる必要がなく、かつ仕事おわりに学会や研究会に行ったり他院の病理医に会いに行くときに失礼にならないようにスーツでいたい、その両方を満たすには……と沈思黙考の末、昭和のおじさんになっていた。中年ばんざいだ。




このかっこうをしていると気づくこともある。

たとえば薬屋さんの皆さんは、ぼくと廊下ですれ違って、ぼくが会釈をしても絶対に会釈を返してくれない。医者だと思ってないからだろう。「誰と間違ってるんだろうこのおっさん」くらいにしか思っていないに違いない。

彼らもきっと、田舎道で通り過ぎた地元のひとから「こんにちは」と会釈をされたら笑顔で返事するくらいの気のいい人達であろうと思う。けれど、自分の「戦場」である病院内で、医療者というクライアントに気を配りすぎるあまり、見た目ほぼ用務員さんであるぼくには油断をしているのではないかな、と思う。無理もない。

むしろおもしろいのは医者の対応だ。

基本的に常勤医ならぼくのことを知っているから別におどろかない。廊下であえば挨拶もするし世間話もする。

けれど新入社員たちはぼくを見てまず医者だと思うことはない。

ここで差が出る。

初期研修医はぼくが素性不明のおっさんであっても会釈を返してくれる。

後期研修医だと五分五分だ。ときおり、疲れているのか、真下をずっと眺めたままぼくの会釈に気づかないことがある。

おもしろいのは10年目くらいのドクターだ。高確率でぼくを無視する。目があっていても。

そして20年目を越えるとまた挨拶してくれるようになる。

そう、10年目くらいのドクターだけは、なぜかぼくに挨拶を返してくれないのだ。これは8割以上の確率でそうなのである。



医者を10年くらいやると、いちばん、人との距離感がわからなくなる、のかもしれないなあと思っている。

その後、むしろ人らしく戻るあたりが、医者という職業のおもしろさ……。

いや、業の深さなのかもしれない。