2018年4月11日水曜日

病理の話(189) 教えて病理のはなしはいいできです

日本病理学会のホームページには、「市民の皆様へ」と称した文章がいくつも載っている。



いっぱい載ってる。

これらのうち、「教えて!病理のはなし」はマンガになっている。おっ、と思った。


ほんとはこういうのは許諾を得て転載しないといけないんだと思うが、怒られたら謝ろう。いちおう日本病理学会の「社会への情報発信委員会」にも所属しているので、活動の範囲で認めてはもらえるかなーと思う。

このマンガは絵がかわいい。分量もほどよい。「おっ、なんだなんだ?」と目を引く。誰が描いてくださったのか存じ上げないが、ツイッターにあげたらけっこうRTされたろうなあ、と思う。




その一方で、ほかの「病理診断について」とか、「病理医とは」といった項目は、なんだか字ばっかりだ。

ぼくはたぶん世の中の99%の人よりも病理に詳しく、興味があり、愛着を持っており、とにかく病理と名の付くものは全て読んでおきたいオタクだが、それでも「読みづらい」と思った。

なぜ読みづらいか?




それは、ここに書かれていることがいずれも、十分な情報量をもち、説明「すべき」内容を網羅して、正確な表現で、丁寧に書かれているから、である。

悪くないようにみえるだろう? けれどもこれでは、読む側のハードルが高すぎる。

読みやすい文章ってのは、情報量が十分とは限らず、説明「されたい」内容だけをピンポイントで示し、多少の誇張を許容しながら、丁寧に書かれているもの。

それじゃあだめだろ、学会のホームページなんだから。

科学は、第一に、正確でなければ!

うん、そういう判断はよくわかる。

けれど、自戒をこめてあえていう。

  病理医のいうことは正確で、わかりづらい。





フラジャイルというマンガ・ドラマがあらわれるまで、ほとんど誰も病理医に興味を示さなかった理由がわかる。

網羅しすぎ。厳密すぎ。

病理だけではなく学術全般にいえることかもしれない。

だからぼくは今まで、病理学会の広報活動をあまりリンクで貼ることができなかった。




ところが、おかたい病理学会はついにマンガを導入した。それも、会員が趣味で書いたレベルのマンガではなく、フルカラーできちんとコマ割りされた、マンガ然としたマンガ。セリフが多いのはご愛敬だ、とにかく最後まで読ませる力がある。たいしたもんだ。




ぼくは学術をめぐる「広報」についての意識がかわってきたのかな、と感じる。

ぼくが書くとおかしいかもしれないけれど、病理医というのはかなり「寿命の長い仕事」で、学会にはそうとうな高齢者もかなり強く影響力をもっている。ほかの臨床科に比べると、現役の大エースの平均年齢は10歳くらい上かもしれない。

そんな病理学会がマンガを普通に導入していたことを手放しで喜んでいる。

自分たちが言いたいことだけを言うのではなく、読み手が読みたいものを提供しようという気概を感じる。




今ぼくは、若い医者が病理学会にくるとけっこうおもしろいことができるのではないかなと思いはじめた。

ツイッターをはじめたころは絶望のほうが強かった。

この業界、ほんとに大丈夫なのかいな、と思っていた。

やってることが高度すぎる。日本の知性の最上位みたいな人たちは安心して病理医になって、ぼくみたいな場末のザコを駆逐してくれるだろう。

けど、天才数人だけで病理学会を運営するってのは物理的に難しいだろう。

今のやり方だと、「大天才ではないかもしれないが、ふつうの医者として仲良くやさしくやっていけるタイプの人」が、病理の世界に入ってこられないんじゃないかな、なんて勝手に心配していた。




なんだかその心配はぼくの勝手な妄想だったように思えてくる。

次の目標として……説明を全部マンガにしてほしい気もするが……。やはり、マンガというのは一部の人にとっては「ふざけている」ように思われるかもしれない。

ここはひとつ、「まじめな文章をより読みやすくする作業」をすべきかなあ、と思う。

文章を書き換えるのもいいかもしれないけど、ホームページに載っている文章はどれも厳密で真摯だし、無駄にするのももったいない。

そしたらどうするか。




より商業的な目線をもっているウェブサイトデザイナーに、ホームページの一部をアレンジしてもらったらいいんじゃないかなあ……。

まあこのこと自体は3年くらい前に考え付いて、それからツイッターでちょろちょろ、「読ませるウェブサイト」を作っている人気ライターや編集者のことを追っかけてはいたんだけど……。

そろそろ企画の出し時じゃないかなあ、とか、そういうことを思っている。どうも、日本病理学会・社会への情報発信委員会です。