2017年7月21日金曜日

病理の話(102) 上皮という外壁を考える

体の表面、すなわち皮膚には、扁平上皮という細胞がある。その名の通り平べったい。顕微鏡で上から見ると、まるでジグソーパズルのようにぴっちりと敷き詰められている。しかも、このジグソーパズルは1層ではなく、何層にも折り重なっている。地層みたいになっている。

扁平上皮細胞は、地層の最下層付近(厳密には最下層の一段上くらい)で細胞分裂を起こして、増える。細胞を作る工場が下の方にある。少しずつ形が平べったく変化しながら、上の層に上がっていく。最後にはジグソーパズルとなり……。

実は、ジグソーパズルでは終わらない。その後、細胞は「脱核」といって、最も大切な核が無くなり、抜け殻(燃え殻でもよい)になる。ぼろぼろになり、少し剥がれやすくなるのだが、それでもまだ、皮膚の最表層にひっついている。

これが角質と呼ばれる成分だ。軽石でこするととれる。

角質は、すでに、生きた細胞とは呼べない。それでも体の一部なのである。これが実はめちゃくちゃに重要だ。



皮膚扁平上皮細胞は、外界からの敵をはねかえす「バリバリの実のバリア細胞」である。何もかもはじきかえす。おふろに入ったときに、水を吸って太る人というのはいないように、ジグソーパズルはスキマのない完全な接着で、水すらほとんど通さない。

ただ、それにも限界があるのだ。いくら完璧なジグソーパズルと言っても、所詮は細胞、キズもつくし、細かい細菌などが表面にひっついたまま長居することもある。

だから、人間は、バリアの「最後の壁」として、角質層を用意している。これが実ににくらしい働きをする。



「三國志」などで、城の外壁をよじのぼって兵が城を攻めるシーンがあるが、あの外壁がときおりガラガラッと崩れたらどうなるか。

登ってきた兵士ごとぜんぶ落っこちてしまうだろう。結果、城への兵士の侵入を守ることができる。

扁平上皮の最外層に角質層があるのは、この、「壊れやすい外壁」の役目だと考えることができる。完全なバリアのさらに外側に、もろく崩れやすい壁を用意しておくことで、しつこい外敵を定期的に剥がれ落とすことができる。



人間を含めた全ての生物は、「境界」がある。ここからここまでが人間でーす、と、境界線を引くことができる。ただし、その最も外部は、なるべくもろく、ふわふわに作っておく。そうすることで、周囲からへばりついた外敵を簡単にそぎ落とすことができ、人体への敵の侵入を防ぐことができる。

こういう現象は他の部位にも存在する。扁平上皮が存在しない、胃や腸などにおいては、角質層はないのだが、かわりに「ねばねばの粘液」をそれぞれ分泌する。粘液はさらさらしていないので、簡単には壁から剥がれないのだが、ゆっくりと移動しながら、最外層の外敵を洗い流す役割を果たす。

……ただし、消化管は、洗い流すだけではだめだ。栄養だけはうまく取り込まないといけない。何でもはがして捨てて良い皮膚扁平上皮との違いがここにある。粘液だけではなく、さらさらの漿液、胃酸、蛋白分解酵素などを、部位に応じて様々に分泌するなどして、工夫をこらす。

消化管にある細胞は「腺上皮」と呼ぶ。腺という字は、にくづきに「泉」と書く。いかにもいろいろなものを分泌しそうではある。



今回、生体が外敵と触れる部分の話を、「外側のもろいもの」に着目して書いたが、この項目はほかにも「触手」で説明を試みたことがある。上皮と呼ばれる細胞がいかに複雑に、その場その場で役割を果たしているか、というモンダイは、語りがいがあり、病理学の根幹を為している概念でもある。